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ノーボーダー・インプロα

音楽への想いを刻みたい

私を構成する9枚(前編)

 今更ながら「年間ベストアルバム」をブログに書く、というのをやってみたかった。ナウでヤングな若者は知らないかもしれないが、かつて隆盛を誇っていたmixiというSNSがあり、僕はそこでアルバムやライブの感想を書いていた。その際年間ベストもアップしたことはあるのだが、いつも以上に反応が薄く、あまり人に読んでもらえていない状態だったのでやや残念な気持ちになったのを覚えている。

 それから月日が経ち、(ツイッターの利用に伴い)mixiから遠ざかり、諸々事情があって音楽からも遠ざかり気味になってしまっていたのだが、近年熱を取り戻してきて、2016年は傑作ラッシュで最高に盛り上がることが出来た(91年以来の大豊作と言われているようだ)。それで、是非とも自分の中でベストを選んでネットに残しておきたくなった。それほどアクセスは見込めないだろうが、グーグル等で検索をかけてどこかの誰かがフラっと自分のページを訪れる可能性が少しでもあるって素敵やん?

 ただいきなりベストだけを挙げるより、どんな音楽を聴いてきたヤツなのか解ったほうが少しは面白みが出るような気がして、自己紹介も兼ねて以前ツイッターで流行っていた『私を構成する9枚』を挙げて、それらについてちょっと語ってみることにした。まずは四作。以下本文。

 

 

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中学に入るくらいまでは全くと言っていいほど音楽に関心がなかった。確か中二くらいから姉が好きだったスピッツをちょこちょこ聴くようになり、気が付くと中古でアルバムを買い漁るようになっていた。……と言っても、その時に買っていたものは今ではほぼ聴かないような量産型のポップスが大半を占めていたので、真の意味で音楽が好きになるのはもう少し後になるのだが、、、ただ選んでいたものはどうあれ猛烈に音楽を求めるようになっていたのは事実だと思う。


おそらく心の奥底では(今でも最も好きな)ロックを求めていたと思うのだが、僕が巡っていた中古屋は、CDとは別にゲームや本などを併売しているようなところが多く、あまりそのテの音楽を見つけられなかった。それでひたすらポップスを買っていた。クラスメイトが「ミッシェル・ガン・エレファントかっこええわー」と言っていたのだけど、当時の僕はあのチバのダミ声が絶対的に受け付けられなかった(余談だがこの”ダミ声苦手意識”はニルヴァーナなどの洋楽ロックを聴いていく上でハードルとなり、受け入れられるようになるのにそれなりの時間を要した。今ではミッシェルはフェイバリットに挙げるバンドになったよ)。


パンクもいまいち肌に合わなかったのでブルーハーツも聴けなかったし、、、おまえロックスピリッツのロの字もないじゃないかという感じだ。ただ、もしこの時期にナンバーガールスーパーカーに巡り合っていたらもっと早くロックに目覚めていたかもしれないし、そうであったら良かったのにと思う。アジカンとかがもう少し早く活動してくれていたら…とも(好きだけど、出来れば青春時代に聴きたかったバンドだ)。

 

 

以下に挙げるのは、そんな音楽に関心の持てなかった時代から、音楽に没頭するようになる過程で特に強い衝撃を受けた九作である。

 

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1. L'Arc~en~Ciel 『True』 (96年作)

一番初めにハマったバンドはL'Arc~en~Cielだ。当時ビジュアル系(というのも大雑把なくくりだが)ロックバンドとして人気を二分していたGLAYもよく聴いたが、ハマり具合で言えばラルクの方が上だった。キッカケは、これまた姉がTSUTAYAでレンタルしていた『Heart』のアルバムで、モノクロのジャケが示すようなダークな世界観と流麗なメロディーに惹かれ、自分で購入。潜在的にロックを求めていたこともあってかドハマリし、過去作を買い集めていく中で出会ったのがこの『True』。『HEART』の一作前のアルバムで、これより前にインディーズ作含め三作リリースされているが、いずれも違うカラーだったことに感心した。その中でも最もポップに振り切れていたのが本作で、※「Caress of Venus」「flower」「風にきえないで」「Lise and Truth」といった高揚感溢れるナンバーに心酔し、ラストのロックバラード「Dearest Love」に浸りきって終わるーというのを通学・帰宅時に繰り広げていた高校時代(この頃の携帯プレーヤーはMDだったなぁ)……

 

卒業して数年後に洋楽ロックを聴きだしてからこのバンドから遠ざかることになるのだが、海外での評価の高さは伊達じゃない。世界の音楽と比べても十分通用する強度を誇る楽曲群は、時を経て再び僕を魅了したという(しらんがな)。個人的にダークさ妖艶さに魅力を感じて聴き始めたバンドだが、その正反対の光が射すような曲も自然に並ぶ振り幅。いまのポップさを楽しむルーツはここにあるのかも?と挙げた次第。なにより一番はじめに夢中になったアーティストだし。

※この曲については少々語りたいことがあるのでまたの機会に書ければと思う。

 

 

2. 宇多田ヒカルDEEP RIVER』 (02年作)
今でこそフェイバリットに挙げるSSWだが、華々しくデビューした当初はまったくと言っていいほど関心を持てず聴いていなかった。「Automatic」や「First Love」といった大ヒットシングルもピンと来なかったし、同時期にデビューしていた倉木麻衣等に含まれるR&B系のシンガーの一人としてざっくり認識していたように思う。そんな感じだったのだが、「Wait & See~リスク~」のMVを視聴して「お」と思った。それまでのシングルとは異なる愁いを帯びたメロディー、を携えながらも強い意志で前に突き進んでいくような何とも言えぬ疾走感に魅力を感じた。それからこの曲が収録された2ndアルバムを(遡って1stアルバムも)中古で買って聴き、新作を待って初めて新品で購入した彼女の作品。


まだR&Bのフォーマットに収まっていた前2作からより文学的なアプローチを強め、(現在へと繋がる)確固たるスタイルを確立した名盤、だと思っている。殊更強調する必要もないかもしれないが彼女のソングライティング能力はやはり抜群だと思っていて、”全力尽くしてもダメだったらそれもまた風流”(「プレイボール」)や、”「どちらまで行かれます?」ちょっとそこまで「不景気で困ります(閉めます)ドアに注意」(「traveling」)”といった独特の感性から紡がれるフレーズの数々は、明らかに他のソングライターとは一線を画していると、自分の中でその評価を決定づけるものとなった。読み込む価値のある歌詞があって、琴線に触れるメロディーがあって、「いい歌とはどういうものか?」といったことを漠然とでも考え始めるキッカケになったという意味でも、僕にとって特別な作品だ。

 曲リンク:宇多田ヒカル - プレイボール

 

3. Coccoラプンツェル』 (00年作)

先述したとおり姉の影響でスピッツを少し聴いたりするようにはなっていたものの、まだまだ本格的に音楽を聴いてはいなかった中学時代。テレビで流れていたCoccoの「Raining」のMVを目にした。姉は「この人の歌コワい」(”髪がなくて今度は腕を切ってみた”という歌詞を指してー)と言っていたけど、それとは裏腹にサビのメロディーがこれまでに聴いたどの曲とも違っていて美しく、印象に残った。ただそれからすぐにCDを手に取ることはなく、高校に上がって暫くしてから「水鏡」のMVをみて、その切実で烈しい曲に胸を鷲掴みにされてシングルを借りた時が彼女の音楽と初めて向き合った瞬間だ。それからこの曲が収録されたアルバムがリリースされるとすぐにショップに買いに行った(その日学校をサボったので母から怒られたのを覚えている)。アルバムを聴いて、すぐに特別な存在になった。それまでにリリースされた1st ・2ndアルバムもすぐに買い揃えた。

 

Coccoにハマった大きな要因として、プロデュースを手がけた根岸孝旨によるUSオルタナ直系のヘヴィーなサウンドが大きかったと思う。といっても根岸氏が”そのように仕上げた”というより、全くと言っていいほど音楽を聴いていなかった彼女が本能の赴くまま生み出した楽曲群が、たまたまその系統の音と合致したから採用されたという話なのだが(Coccoが根岸氏から”好きな音楽は?”というような質問をされ、”聴いたことはないけど名前を知っているのはニルヴァーナ”と答えたという話は興味深い)。後に僕は、オルタナロックから洋楽ロックに傾倒していくことになるが、振り返ってみれば原点は彼女の音楽ということになるかもしれない。生きることの苦しみを叩きつける烈しい表現に加え、童謡やおとぎ話からインスパイアされた世界観(アルバムタイトルとジャケのCocco本人によるイラストもグリム童話の『ラプンツェル』から)もまた魅力的だった。

 

“この目さえ光を知らなければ  見なくていいものがあったよ”ー「雲路の果て」

“永遠を願うなら一度だけ抱きしめて  その手から 離せばいい”ー「樹海の糸」

”あなたの指がしみついたまま 上手に歩けるはずもないのにわたしは何処へ?”ー「水鏡」 

 

Cocco好きは大体メンヘラーとはよく言われていたことで(?)、ご多分に漏れず人生に閉塞感を覚えていた僕にもw、こういった歌詞は深く胸に突き刺さった。年齢を重ねてこれらの曲と向き合うスタンスは少し変わったかもしれないが、決して思春期の感傷と容易に切り分け出来るものではなく、特別な感慨と共にいまの自分の胸にも響いてくる。忘れてはならないものなのだと感じる。

曲リンク:Cocco - 雲路の果て 

 

4. U2 『アクトン・ベイビー』 (91年作)

能動的に音楽を求めるようになり、洋楽を開拓したい願望が生まれてくるようになったので何枚か買って聴いてみたもののいまいちピンと来ず(ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』も初めはダメだった)、「やっぱり洋楽って難しいな」と感じていた時期があった。そんな折、宇多田ヒカルのHPで彼女がフェイバリットに挙げているアーティストとしてU2の名前を見つけたことから(MTVアンプラグドでの「With or without you」のカバーでバンドを認知していたことと併せてキッカケとなった。余談だがNine Inch Nailsも一緒にフェイバリットに挙げていたのが意外だった。あと一つがビートルズだっただろうか?)、アルバムを手にすることになった。一番初めに聴いたのが『ポップ』で、その次に聴いたのがこの『アクトン・ベイビー』だった。

 

もう一作の『ズーロッパ』と併せて90年代の”ポップ三部作”と呼ばれるこれらのアルバムはU2のキャリアの中でも異色で、はじめに聴くならやっぱり王道の名盤『ヨシュア・トゥリー』でしょと言われそうだし自分でもそうだったら良かったなぁと少し思うが(その方がより変化を楽しむことが出来ただろうから)、ともあれ本作はあまりにも自分のツボだった。特に「夢の涯てまでも」「ザ・フライ」「アクロバット」などの、一種のドリーミーさを内包しつつもそれを引き裂かんばかりのスリリングな展開をみせる曲のえもいわれぬ魅力といったらなかった(言わずと知れた名曲「ワン」に、「フーズ・ゴナ・ライド・ワイルド・ユア・ホーシズ」や「ウルトラ・ヴァイオレット」といったストレートなロック・バラード曲も素晴らしい)。冷戦終結後の混乱や湾岸戦争などの不穏な世界情勢を反映した、とのことだが、それまでのキャリア集大成とも言うべき、大成功を収めたヨシュア・トゥリーの後で(『Rattle And Hum』を挟んでいるが純然たるオリジナルアルバムとしてはー)これほどドラスティックにスタイルを変化させたロックさ、旧来のファンを困惑させつつもそれ以上に新たなファンを獲得したという事実にも感動を覚えるし(きっちり全米1位、全英2位獲得)、2017年現在でもU2の中で「一番好きなアルバムは?」と尋ねられたなら迷わず本作を挙げる。洋楽に触れ始めた初期の段階で「洋楽ってスゲー!」(と書くとアホっぽいがw)と多大なる衝撃を与えてくれた作品として、絶対に欠かせない一枚。

 曲リンク:U2 - Acrobat

 

 

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